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今年一年お世話になりました。良いお年を。

今年も今日で最後。
お仕事にてお世話になった皆さまにはお礼申し上げます。
本当に激動であり激変だった一年を振り返っています。言わずと知れた新型コロナウィルスで、これまでの生活が激変したことは私にももちろん影響がありました。

仕事については相次ぐイベントの中止による仕事の減少、対面での打ち合わせの中止など一気に動きが止まっていったと思います。ZOOMなど今まで使ったことがなかったので、音声が聞き取れなかったり、カメラのアングルが妙だったり、今ではだいぶ慣れましたが、将来きっといい笑い話になるでしょう(笑)
それでも初見のお客様や、込み入った打ち合わせは対面で行なっています。ZOOMに慣れると外出する手間がないので楽ではあります。ただ対面での雑談や五感で感じる空気感に加え、人の気力などは対面でしか得られないもので、意外とアイディアのヒントや仕事へのモチベーションアップになることが多々あるので、状況見極めて使い分けていかないと…という感じです。
これに合わせ、息子が学童を辞めたことにより、帰宅した後に迎え入れなくてはいけないため、仕事のシフトを考え直さなくてはいけなくなりました。またコロナによる休校で急遽時間を取られることが当初ストレスでした。これも試行錯誤しながら、お互いにスケジュールややることを決め、だんだんと気にならないレベルまでになってきました。
息子のお昼ご飯は私が用意していますが、当初は料理が下手すぎて食べてもらえない日もありました(爆)極力インスタントのものは健康の面で食べさせたくなかったのですが、だんだん緩くしていい塩梅のところでメニューを考えています。料理は上手にはなっていないけど、今ではそこそこに食べられるものを段取りよく出せるようになっている…はずです。

そして今年の夏に、かねてから闘病中であった父が亡くなったことも大きく影響がありました。ここにもコロナの影響があり、密を回避するため葬儀は少人数化にし、感染予防のため多くの人に亡くなったことは伝えませんでした。また火葬場も集まる人数や食事の制限があるなど、4年前に母が亡くなった時に比べると大きく流れが変わったと実感しました。
私が喪主だったのでしばらくは気が休まりませんでしたが、100カ日をすぎたあたりから諸事の整理が終わりだしたころに父のことを振り返ることがようやくできました。
生前、三菱の関連会社に造船関連の電気技師として従事していたため、中村の家訓は「手に職を」でしたので、コンピューター専門学校に通わせてもらえ、今ではグラフィックデザイナーとして働くことができています。以前に三菱の関連の仕事をしている父のことをブログに記したら、三菱の方が見てくださったことがきっかけで、ただいまお仕事をさせていただいています。祖父も三菱の設計として叩いており、親子三代で三菱の仕事をしていますね。目に見えない縁を感じてしまいます。

暗い世相に追い打ちをかけて、息子への対応や父の死など大変なこともありました。その脇で折り紙やその他の創作に目覚めた息子の成長に希望を感じられ、何度も明るい気持ちにさせてもらえました。そして今までの仕事にとらわれずいろんな仕事もしくは可能性を暗中模索しましたが、形にするにはまだ先になりそうです。生活についても同様で家族との向き合い方から、これからの時代にどうあるべきか自身のあり様もよく見つめ直した一年でした。

来年は丑年。引き続き暗闇の中で歩みを進める一年となりそうですが、うつむかず牛歩のごとく一歩一歩全身したいと思います。今年ブログにてリリースできなかったお仕事など、来年は少しずつリリースできればと思います。

関係者の方には一部、ご迷惑おかけしましたが、来年もどうぞよろしくお願いします。寒さ厳しい年末となりましたが、どうぞご自愛ください。良いお年を。
(写真は自宅付近の高台からの写真。まだ新型コロナウィルスで混乱するとは思いもしない2020年1月の日の出)